連載
海戦の花形に隠れながら,日本海軍と戦った男たちの奮戦を描く「アメリカ潜水艦隊の戦い」(ゲーマーのためのブックガイド:第52回)
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「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,テーマや執筆担当者によって異なるさまざまなスタイルでお届けする予定だ。
海戦の花形はまずもって戦艦の主砲,そして空から襲来する空母艦載機。定番の海戦アクション「World of Warships」でも,メインとなるのはこうした洋上でのド派手な砲撃戦であり,それこそがロマンと感じる人も多いのではないだろうか。
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けれども海面下で息を潜めて,チャンスの到来を待ち受ける艦種もある。そう,潜水艦だ。
海面下に潜航して魚雷攻撃を実施できる潜水艦は,海の刺客として太平洋戦争でも多くの戦果をあげてきた。アメリカ海軍の正規空母ワスプ,日本海軍なら翔鶴,大鳳,信濃,そして戦艦金剛。いずれも潜水艦が単独で撃沈した艦船である。
だが,潜水艦の真価はそれだけではない。アジア太平洋戦争で日本を敗戦に追い込んだ真の主役は潜水艦による通商破壊で,B29による戦略爆撃よりもそちらが致命傷になったという見方もあるのだ。
今回は,そうした潜水艦の知られざる活躍を描いた一冊,「アメリカ潜水艦隊の戦い」を紹介してみたい。
「アメリカ潜水艦隊の戦い」
著者:フリント・ホイットロック,ロン・スミス
訳者:井原裕司
版元:元就出版社
発行:2016年11月15日
定価:2800円(税別)
ISBN: 978-4-86106-249-0
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本書は,ベトナム戦争に従軍した軍事歴史家フリント・ホイットロックと,1942年に17歳で海軍に志願し,サーモン級潜水艦シール号で5回の戦闘哨戒を経験したロン・スミスの共作によるルポルタージュだ。
巻頭には,第二次世界大戦で未帰還となったアメリカ軍潜水艦52隻の艦名と戦死者数が列挙され,過酷な環境で戦って還らなかったかつての仲間たちへの鎮魂の思いが綴られている。戦死者総数は3453名───潜水艦乗りの5人に1人が帰ってこなかったのだ。
共作者のロン・スミスは多くの若者と同じく,パールハーバーを奇襲した日本への復讐心から,海軍の飛行士になることを夢見るアメリカの青年であった。しかし,志願した彼が配属されたのは艦隊魚雷学校で,示された道は潜水艦か魚雷艇,駆逐艦のいずれかしかなかったのである。負けん気の強い性格から,あえて難関である潜水艦を選んだ彼は,優秀な成績で卒業し,1943年3月末に初出撃を迎える。
これに始まるスミスの実戦経験を一つの軸として,さらにアメリカ軍潜水艦隊の実情や課題をとらえたマクロな視座を加えながら,本書の記述は展開される。そこは共作ゆえのバランスの良さである。
ロン・スミスがまず浴びせられたのは,「お前たちはピッグボートに行くのか」というあけすけな言葉だった。ピッグボートとは“豚小屋のように臭い船”という意味で,70人からの男たちが狭く息苦しい艦内に閉じ込められる潜水艦を,そう揶揄している。
いや,息が詰まるのは閉鎖環境だけが理由ではない。潜水艦は敵勢力圏の奥深くまで単艦で進出し,敵に見つかれば急潜航。爆雷攻撃をやり過ごし,難を逃れねばならないのだ。そうした孤立無援さも,水兵たちの額を汗がしとどに濡らしたことだろう。
現代の原子力潜水艦なら浮上の必要はなく,かえって潜航中のほうが高速だし,空調も完備されている。
一方,第二次世界大戦当時の潜水艦はむしろ「潜航可能艦(サブマーシブルズ)」と呼ぶべきもので,潜航するのは危険に瀕した時だけ。ディーゼルエンジンに代わってスクリューを駆動する蓄電池の持ちは悪いし,海中では全速でも9ノットほどと鈍足であった。艦内の酸素残量にも注意が必要で,空調設備がある艦も出はじめていたが,性能不充分で蒸し風呂のような暑さだったという。
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ホラー小説に「早すぎた埋葬」というジャンルがあるが,潜航中に爆雷攻撃で大浸水したり,海底で身を潜めるうちに酸素が尽きたりすれば,すべての乗員が鉄の棺桶の中で,この苦しみに見舞われることになる。
それはまさしくこの世の地獄に違いない。先に挙げた52隻の沈没の多くに,そうした残酷な末期があったのだろう(戦死5名や0名といった例もわずかにはある)。合計317隻のうち52隻――すなわち艦艇の損失率は16%ほどもあり,ほかの艦種と比べて段違いに大きなリスクがあった。
かような過酷な状況にも関わらず,潜水艦にはどこか低く見られる風潮があった。先の「ピッグボート」という蔑称が,それを示している。本書では,ロン・スミスらがそれにもめげずに狭苦しい艦内で結束を高め,誇りを胸に戦果を積み重ねるさまが綴られている。
太陽を背に急降下する敵機や,高速の駆逐艦に襲われて急潜航しても,艦橋のハッチに何かが引っかかって閉まりきらないというような不測の事態も起こりえた。そんなとき,潜水艦乗りたちは一致協力し,知恵を絞って切り抜けるのだ。穴にはコルク材やジャガイモを突っ込んで塞いだりして。
そうした果てに,スミスたちのシール号はパラオ諸島のアンガウル島の入り江に潜入したり,給油船さんくれめんて丸を撃沈したりといった戦果をものにする。
鈍重な輸送船は米潜水艦には恰好の標的であり,日本軍が大戦略において対潜防御を二の次にしたこともあって,各種統計によれば日本の商船の9割近くが戦時中に失われ,そのうち53%の隻数が潜水艦による撃沈だったという。
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そうした見方は,「日本はなぜ敗れるのか──敗因21カ条」などを著した評論家の山本七平にも通じるところがある。日本の最大の敗因は,ミッドウェー海戦でもインパール作戦でもなく,台湾とフィリピン・ルソン島を結ぶバシー海峡で待ち伏せる米潜水艦に輸送船が次々に沈められたことだと,山本は言う。なぜならそれは,大動脈の血流を断たれるようなものなのだから。
現に大戦後期ともなると,内地に充分な燃料を輸送できず,連合艦隊は南方の泊地に留まることを強いられた。
ただしここで話を戻すと,そうした活躍も潜水艦乗りたちの練度と士気と結束力あってこそ。彼らが土壇場で歯を食いしばり,任務を投げ出さなかったがために,なしえたことだった。
さらに孤立無援でどこにも逃げ場のない潜水艦においては,艦長の人望と統率力も死活的に重要となる。ドイツ海軍のU-505号では,アゾレス諸島沖での長時間の爆雷攻撃による重圧に耐えかねた艦長が,ピストル自殺したという記録もある。そこまで行かずとも,密室環境で信頼を失った艦長が,水兵らの反乱で拘束されることだってありえたのだから。
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クラーク・ゲーブルとバート・ランカスターという往年の二大スターの共演がまず目を引く映画だが,クラーク演じる新任の海軍中佐と,バートが演じる古参の副長の対立を軸として物語が展開し,かなり緊張感のあるシチュエーションが楽しめる。
たいそうよくできた映画だが,ただ尺の都合から心理描写が足りない部分があるので,そこが気になる人は同名の原作小説(リンクはAmazonアソシエイト)に手を出してみるのも悪くない。すでに絶版ではあるが,二人の反感がやがて共感に移り変わる心理の襞(ひだ)を細やかに描かれていて,実に読みごたえがある。古書を探すだけの価値はあるはずだ。
最後に一つだけ言わせてほしい。これまで述べてきたアメリカ軍潜水艦の活躍は,水上艦と商船を区別しない無制限潜水艦戦を,米国が実施したからこそ,なしえたものだ。ハワイ基地に誇らしげに展示されているバラオ級のボーフィン号は,学童疎開船「対馬丸」を撃沈した潜水艦なのだから。
■■待兼音二郎(翻訳家,ライター)■■
幻想文学やゲーム翻訳を主戦場とする翻訳家・ライター。“中二病”まっただ中に出会った1980年代のウォーゲームブームを原体験とし,以来,古今東西の戦場を盤上で追体験してきた生粋のウォーゲーマーでもある。近刊に「ジョン・サンストーンの事件簿〈上〉〈下〉」(共訳書,アトリエサード),「料理の魔書ネクロノミコン ラヴクラフトの物語から生まれたレシピと儀式」(共訳書,グラフィック社)などがある。
- 関連タイトル:
World of Warships
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