
連載
蓬萊学園の揺動!
Episode03
たぶんそのうち学園を救うことになるはずの主人公は、体育祭に参加した!(その1)
わたし、もうすっかり揺れちゃってるんです。
なぜ? もちろん体育祭のせいです。
いいえ、もうちょっと正確に言えば、体育祭なんかに参加したくないのに学園体育祭が始まってしまって、そこで標的にされちゃったからです。
どうしたらいいんでしょう?
わたし、すぐにでも委員会センターに駆け込んで、図書委員会に書類を提出して、たっぷり図書館業務で活躍して、役付き委員に抜擢されて「見なし上級学生」になりたいのに!
でも。
あの〈みわさかや〉さんでの、わたしの(ラーメンを食べながらの)決意の日から数週間。
蓬萊学園は体育祭の真っ只中なのでした。入学して一カ月ちょっとで、まだ友達もできてないのに。
もちろん学校側としては、これを機会に友人を作ったりクラスの団結心を涵養したりしましょう、という意図はわかります。(あ、話は変わりますけど、わたしこの「涵」という文字が大好きなのです。氵も可愛いし、なにより「函」が単体の時に比べてクニュッとつぶれちゃってるのが最高です。なんだか薄幸の美少女が悪漢に箱詰めにされて地下室の巨大水槽にドボ〜ンと放り込まれる寸前、て感じしません? でも御安心、美少女はちゃんと最後に「養」の字に救われて無事なのです!)
えーと何の話でしたっけ。ああそうそう体育祭。
で、この学園ではクラス別でも学年対抗でもなく、干支対抗なのです。
学園百科事典を引用しますと、
〈各学年は六十のクラスから構成されるが、これらは番号では呼ばれず十干十二支による名称が付与される。すなわち1組は甲子、二組は乙丑、……〉
と、律儀にも六十個ぜんぶ並べてあります。ページの無駄のような気もしますがこの事典は電子データなので気にしていないのでしょう。それとも辞典編纂者が近々の文明崩壊を危惧してあらゆる情報を書き込むように心がけているのかも。
それはともかく、わたしのクラスは甲午なのでほぼ真ん中あたり。そんでもって午チームに属するわけです。
ですが。
わたし、今日から始まる借り物競走に強制参加させられてたのです。いいえ、もっと正確に言えば、借り物競走の「ターゲット」として、わたしとわたしの大切なアプちゃんが……入学式の後で出会った可愛いカワイイ一角獣ちゃんが……名指しされてしまったのです!
ああ、なんということでしょう!
しかもそれを知ったのは、今朝の学園電子掲示板の速報(を読んだ隣室のヴィヴィアンが寝坊したわたしを心配して教えてくれたおかげ)で、だったのです!
その時の様子を再現しますと、
ヴィヴィアン「アー、そよチャン! これ!」
わたし「ほが?(寝ぼけた顔で個室の扉を開ける)」
ヴ「(個室にグイグイ入り込んで)これよこれ! マダ見てないね! ノノノノン、ノン、ノン! 朝イチに最新情報チェックは淑女のタシナミだよ!」
わ「はあ(ボサボサの髪をかきながら)、どれが何だって?」
ちなみにこの時のわたし、水玉模様のパジャマ姿。後ろではアプちゃんが首を震わせて鬣から何かを追い払おうとしてます。そういえばこの子も最近ずいぶん大きくなって、ポニーどころか立派なサラブレッド並みのサイズ。
いっぽうのヴィヴィアンですが、長い金髪を頭の後ろでお団子にまとめて、規定どおりのラッシュガードとスパッツ姿、つまりすっかり体育祭モード。胸には大きく〈HOURAI ACADEMY〉――あれ? 蓬萊学園はHIGH SCHOOLなのでは? とお思いのあなた、さすが鋭い。でも実はこれで良いのです。我が蓬萊学園、来年くらいから研究部が大学に改変されて、そこと高等部を合わせた全体の名称が英語表記でホウライ・アカデミーになる予定なのだとか。
ヴ「ってそういう新設定の説明はいいから、そよチャン! 貴女、狙われてるんだよ!」
わ「へ?」
で、彼女が見せてくれたのがタブレットに映った体育祭スケジュール細目 by 式典実行委員会アンド新聞部。
日付は本日――開始する種目は借り物競走――借りてくるブツは小鳥遊微風子および一角獣。獲得ポイントは1200。生死は問わず。
いえ、最後のところはわたしの見間違いでした。直接攻撃は厳禁、でもわたしだけだとポイントは10。ってなんでやねん! 卒倒しながら、わたしは空中にむかってツッコミを入れます。ヴィヴィアンはそんなわたしの左手の動きを不思議そうに眺めてます(彼女はパリから宇津帆島に直接来たので、本土の伝統的文化様式に詳しくないのでした)。
それにしても!
ああ、ああ! 人権無視、これを人権無視と呼ばずになんとしよう! 心を何にたとえよう!
アプちゃんとわたし(単体なら10ポイント)を狙って、十二の大集団が、さらには怪しい倶楽部や同好会が! 前話に引き続いて微妙に私の存在が軽視されてる気もしますが、そんなことで嫉妬心をアプちゃんに感じてはいません。ええ、感じていませんとも! いませんけれども、ちょっとなんだか割り切れない気持ちを残しつつ、それでも私の可愛いアプちゃんを奪われるのはイヤです。それに、この競争は全クラス参加なので、わたしがアプちゃんを無事に集計本部へ連れていけば、うちのクラスの得点にもなります。
というわけでわたしも大急ぎで体育着に着替え、アプちゃんを後生大事に抱えつつ、女子寮正門前に立ち尽くしているのです。
ずっと女子寮に隠れていれば良いのでは、って?
でも、それではポイントになりません。そしてそれ以上にわたし、できるだけ早く委員会センターに行かなきゃならないんです。
行って、図書委員会の受付に「第八次貸出厳禁図書返還独立混成旅団」の志願書類を提出しなければいけないんです。
あ、「混成」てのは男女混合って意味で、「旅団」は60人のチームのことです。百人力の精鋭を集めた、ということで一人は100人と数えるのが伝統らしいです。その人数で、学園の南東にある巨大な旧図書館に、勝手に持ち出された蔵書を返却しに行くという重要で危険な計画。だからこそ、これに参加して手柄を立てれば、もしかしたらわたしも役付きの委員に!
――わたし、女子寮を見上げます。
その荘厳な容姿、学園の半分つまり一〇万人を擁する巨大な高層ビル。いいえ、「近年の生徒増大に対応するため」とやらで改築改築また改築を繰り返し、地図で見れば昔どおりのカタチをしてますが、でも下から見上げたら……ああ、これは異様! というよりも異形!
それは――
《異形》であった。
と、尊敬する栗本薫大先生の文章を完コピしたくなるほどです。『七人の魔導士』最高です。
無数の空中回廊。増築されたバルコニーの群れ。未来主義風のファサード、アール・デコ調のロタンダ、加速主義的な物干し台。
ジグラット ――あるいは超多層式空中庭園――はたまた体重管理に失敗したアーコロジーでしょうか。
だけど、なぜ私がここから一歩も前に進めないのか……それは体育祭のルールのせいです(驚くべきことに、この無茶苦茶な巨大学園にもルールは存在するのです!)。借り物競走を含む全種目の規定として、
:男女それぞれの学生寮の敷地内は「安全地帯」であり、ここで対象の奪い合いは禁止
:器物破損傷害殺人はチームに減点、違反者は三日間体育祭参加禁止
:各学生寮敷地内での活動禁止
:研究部(大学部へ改組中)への立入厳禁
なのです。第一項の罰則が異常に軽く感じられるのはわたしが新入生だからでしょうか。
そして、
:環状線・路面電車・ロープウェイ等の公共性の高い輸送システムは「休戦地帯」として、対象へ接近しても良いが物理的接触は禁止
だからです(そういうルールにしないと、あっという間に阿鼻叫喚の巷となることは容易にご想像できると思いますし、そもそも鉄道管理委員会が有利になりすぎます)。
でも。
女子寮から路面電車の停留所までの約四十メートルは――そう、やらずぶったくりの無法空間、ワイルド&デンジャラスなバトル・ロワイヤル的世界!
そう。わたしの目の前にはすでに、各クラスの猛者たちが、そして黒いコートに身を包んだ眼帯の男たちが、あとはなんだか知らないけどヒラヒラなフリル付き、三銃士みたいな格好をした美青年美少女たちが、両目をギラギラして私を待ち構えているのです!
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