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非ゲームにゲームを組み込むだけではない,ゲーミフィケーションの新たな形。タチコマのサイバー攻撃対策アプリで目指した「ゲームフルデザイン」とは[CEDEC 2025]
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本講演は,NICT(情報通信研究機構)によって行われている,セキュリティ研究プロジェクトの一環として作成されたサイバー攻撃対策アプリ「タチコマ・セキュリティ・エージェント」(以下,タチコマSA)が,どのようにゲームフルデザインを実装し,結果として何を重視したことでゲームフルデザインになったのか,といった知見を共有するもの。
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登壇者は,カヤック 面白プロデュース事業部 プロデューサーの原 真人氏と,同社の企画部 ゲームデザイナーの渡邉和歳氏だ。
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「タチコマ・セキュリティ・エージェント」とはそもそも何か?
最初にマイクを握ったのは原氏。講演の前提知識となるタチコマSAの詳細と,位置づけを説明した。
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タチコマSAとは,Web上のさまざまな脅威からデバイスを保護するAndroidとChrome拡張に対応したセキュリティアプリで,キャラクター(エージェント)として攻殻機動隊 SAC_2045の「タチコマ」(自律走行可能な思考戦車)を正式採用しているのが特徴だ。
機能としては,危険なURLやワードを検知してユーザーに通知したり,ネットダイブのような形でWebの閲覧履歴を確認したり,公安9課の新人研修というスタイルでセキュリティ知識を学べたりするほか,危険ないし怪しい情報をアップロードして共有する機能も有している。
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基本は攻殻機動隊,あるいはキャラとしてのタチコマファン向けのセキュリティアプリだ。だが,そのサービスの裏側ではNICTが運営するセキュリティ研究組織「CYNEX」のプロジェクト「WarpDrive」(Web媒介型攻撃対策技術の実用化に向けた研究開発)の一環として,ユーザー参加型の攻撃観測網を構築することによって,攻撃の実体解明や攻撃対策の展開を目指すためのツールとして機能している。
要するにアプリのユーザーには,攻殻機動隊をテーマにしたセキュリティアプリが使えるメリットが用意され,そしてセキュリティ研究チームには,研究用のデータが無数に集まっていくメリットがある。
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さらに重要なのは,ユーザーがその役割をがんばって理解しようとしなくても,サービスを自ら喜んで手に取ることによって,積極的に研究に参加できるようになっている点だ。これを実現している手法が,「ゲームフルデザイン」だという。
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ゲームフルデザインとは何で,どういった効果があるのか?
渡邉氏は,カヤックなりにゲームフルデザインを「ゲームデザインをゲーム以外に応用して,あらゆるものの興味・関心を最大化する手法」と再定義としていると語る。
位置づけが非常に近い「ゲーミフィケーション」との違いは,ゲーミフィケーションは元となる対象のコンテンツにゲーム要素を加えることでモチベーションなどを高めるものだが,コンテンツそのものへの関心は変わらないとしている。
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その一方でゲームフルデザインは,ゲームデザインを通じて対象のコンテンツ自体を設計し直すことで,結果的に対象コンテンツへの興味や関心を生みやすくできるとした。
つまり対象コンテンツには手を加えず,あくまでそのままにしておくゲーミフィケーションに比べると,ゲームフルデザインは対象コンテンツそのものを(興味を引くように)変えてしまう(デザインし直す)点が異なる,ということになるだろう。
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ここで渡邉氏は「そもそもゲームとは何か」というポイントに話を移した。自身の経験や,知り合いのゲームクリエイターに話を聞いて渡邉氏なりに定義した結果,以下の要素を満たすものをゲームとしたそうだ。
1.能動的に
2.用意されたルールに則って
3.成功を求めて
4.楽しむために
5.プレイするもの
またこれらにも優先順位があり,特に4の“楽しめる”ことが特に重要なのだという。
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上記を踏まえてゲームデザインの本質を考えると,ユーザーの心に「やってみたい」「楽しみたい」という感情を自然と生み出すことが必要だと渡辺氏は語る。
なぜならルールを作成し,成功を目指すような仕組みを作るだけならデザイン能力は関係なく,誰でも設計できるからだそう。例として学校のテストとクイズゲームの比較をおこない,全体の構造(メカニクス)自体はほぼ同じだが,かたやつらくて大変と感じるだけだが,これがゲームとなればお金を出してもやりたくなる,とまとめていた。
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つまりゲームフルデザインが目指すものは,「対象そのものを楽しく感じさせる」や「楽しんでいるだけで課題が解決する」のが理想の形になるという。それはコンテンツ自体はそのままで,追加されたゲームで高いスコアを出せば何らかの報酬が増える,といった類いのものとは異なるとのこと。
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そういったものの仮の例として,ゲームフルデザインで商品の魅力を伝えるために,商品に転生したプレイヤーがそれぞれの特性を生かしながら,謎解きなどをクリアしていく作品を挙げていた。こういった方式なら自然と商品の強みをアピールできるし,マニュアルを読む行動自体をコンテンツに入れ込めるのではないかと氏は語る。
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なお,一般論として,ゲームフルデザインを取り入れた(最大公約数のような)具体的な作成手法はあるのか……という話も出た。しかし,これは対象や課題ごとに切り口が方法が異なり,選択肢は非常に多くあるので決まった手法はないし,逆に語り出したらきりがないだろうとも講演では述べられていた。
ゲームフルデザインは,タチコマSAにどういった形で取り入れられたか
最後に渡邊氏は,今回の事例であるタチコマSAに,どうゲームフルデザインが取り入れられたかに話を移した。
まずテーマそのものは,「フィクションである攻殻機動隊と,リアルである現実世界を融合させる」という楽しませ方を目指したそうだ。具体的には,フィクションのキャラであるタチコマと一緒に活動(調査)を行うが,その対象は現実のネットワークデータとした。
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実際のインタフェースやビジュアル,あるいは操作なども攻殻機動隊の世界観をベースにしたものに。例えばスマホの利用状況のレポートを表示するなら,ボーマにレポートを提出する形を取る。
ネットの閲覧履歴を確認するときは,電脳空間でのデータ探索ダイブのようなビジュアルを再現する。そしてWebサイトのページ構造を表示させると,立体的な電脳空間らしさをグラフィカルに表示する,といった感じだ。
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ここで目指したのは「ごっこ遊び」であり,むしろ純粋な使いやすさなどは意図的に二の次にしているそうだ。上述した例では,いわゆるゲーム性はない(ゲームではない)が,この“ごっこ遊びそのもの”がゲームフルデザインなのだという。
すでに話題に出ているように,ゲームフルデザインとは「対象そのものを楽しく感じさせる」ことであるから,(アクションやシューティングのような)ゲームそのものが入っているか否かは関係ない,というわけだ。
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最後に渡邊氏は,「ゲームフルデザインとは,ゲームデザインをゲーム以外に応用して興味や関心を最大化する手法」であり,「ゲームデザインの本質は,ユーザーが自然とこのコンテンツを楽しみたいと思うこと」とし,それがタチコマSAでは「ゲーム的なメカニクスではなく,フィクションとリアルの融合という,なりきり遊びによって実現されている」と今回の講演をまとめた。
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一般的なイメージとして,ゲーミフィケーションやそれに類するゲームフルデザインというと,名前からまずコンテンツにゲームを組み込みたくなるが心情だろう。
しかし,実際は(いわゆる)ゲームそのものを入れる必要はなく,ユーザーの興味を引いて楽しませることこそが重要で,そのためならばあえて使いやすさを後回しにする手段もある……そんな「ゲームフルデザイン」の興味深い実例が明かされた講演であったといえるのではなかろうか。
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講演/シンポジウム
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