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AIとWeb3で社会変革を。Audrey Tang氏と語る「対立を共創に変える技術」とは[WebX]
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印刷2025/08/27 16:00

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AIとWeb3で社会変革を。Audrey Tang氏と語る「対立を共創に変える技術」とは[WebX]

 2025年8月26日,ザ・プリンス パークタワー東京で開催されたWeb3カンファレンス「WebX 2025」において,注目のセッション「AIとWeb3が織りなす産業大変革」が実施された。
 台湾初のデジタル大臣として知られるAudrey Tang氏,Startale Labs CEOの渡辺創太氏,ブロックバリュー代表取締役社長の大西基文氏が登壇し,KPMG Japanの尾崎寛氏がモデレーターを務めた。
 これら3名の登壇者が,AIとWeb3技術の融合による社会変革の具体的な可能性について語ったセッションだ。

「Plurality」提唱者 Audrey Tang氏
台湾初のデジタル大臣として知られるAudrey Tang氏は,現在Pluralityという組織で新たな社会変革のビジョンを提唱している。同氏の著作「Plurality」は30か国以上,60人を超える共著者によって執筆されたユニークな作品だ。地理的距離ではなく価値観の距離で結ばれたこうしたコミュニティについて,「まるでネットワーク国家のようです」と同氏は表現する。

Startale Labs CEO 渡辺創太氏
「より多くの人々をオンチェーンに導く」をミッションに掲げる同社は,ソニーグループとの提携によりEthereum L2「Astar」を開発し,エンターテインメント分野に特化したインフラ構築を進めている。また,SBIと提携し,トークン化された株式および現実資産などあらゆる価値のオンチェーン化を推進する取引基盤を共同開発することも発表している。「今日多くの人がインターネットを使っているように,人々はブロックチェーンを使うようになる。これはブロックチェーンとAIの発展により必然的だ」と語った。

株式会社ブロックバリュー代表取締役社長 大西基文氏
Amazon Japan初代GMという異色の経歴を持つ大西基文氏は現在,GPU基盤のAIサーバー製造を通じて日本のAI普及に取り組んでいる。同社のアプローチは巨大なスーパーコンピューターではなく,中小企業や地方エリアをターゲットとした日本独自の戦略だ。「東京・大阪だけでなく地方エリアも対象とし,日本自体が復活するよう全国に種を蒔いています」と持続可能なAI社会の実現を目指している。
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対立を創造のエネルギーに変える「Plurality」とは


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 セッション冒頭,Tang氏は自身の著書「Plurality」について説明を求められた。

 「Pluralityとは,対立を避けるべき火として見るのではなく,創造のためのエネルギーとして捉える考え方です」とTang氏は語り始めた。
 「地面に火があるということは,地下に石油があることを意味し,それが内燃機関を生み出したように,私たちは対立を共創に変えることができるのです」


 多様な視点を誰もが理解できるものに変換し,異なるイデオロギーを橋渡しする技術セットだと説明した。実例として,X(旧Twitter)のコミュニティノート機能を挙げた。

 「Xではコミュニティノートがあり,現在はAIがコミュニティノートを書くよう訓練されています。左派の人々も右派の人々も異なる投票をしますが,AIがアップウィングを発見することで,みんなを一つにまとめることができる。この種の橋渡し技術こそが私たちがPluralityと呼ぶものです。スケーラブルな信頼,信頼をスケールできる技術なのです」

 Tang氏は,この技術が単なる理論ではなく,実際に対立する意見を統合し,より高次元での合意形成を可能にする実用的なソリューションであることを強調した。

※「アップウィング」とは,従来の左翼・右翼という水平軸の対立を超えて,より高次元で両者が合意できる解決策や視点を見つけ出すアプローチを表す造語。

 こうした新技術の普及において,大西氏はAmazonの書店時代を振り返りながら興味深い洞察を提示した。「当時,みんなが私のことを狂っていると言いました。誰がオンラインで本を買うのか,と。しかし今何が起こったか見てください」。
 現在同氏が手がけるのは,巨大なスーパーコンピューターではなく中小企業や地方をターゲットとしたAI普及戦略だ。「東京・大阪だけでなく地方エリアも対象とし,日本自体が復活するよう全国に種を蒔いて持続可能性を図っています」と語った。

 同様にインフラ構築の観点から,渡辺氏は「多くの人々をオンチェーンに導く」というミッションの下,ソニーグループとの提携によるエンターテインメント特化の基盤整備を進めている。
 「インフラファーストで取り組んでいます」と語る同氏の戦略は,SBIとの提携によるオンチェーン化を推進する取引基盤の開発にも展開されている。

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シンギュラリティvsPlurality──AIの未来への2つの道


 両氏の発言を受けて,モデレーターの尾崎氏がTang氏にシンギュラリティとPluralityの違い,そしてWeb2の課題をAIとブロックチェーンがどう解決するかについて質問を投げかけた。

 Tang氏は明確に2つの異なるAI発展の道筋を示した。「AIはスケールを容易にします。シンギュラリティとは,人間の介入を最小限に抑えてスーパーコンピューターが次世代のスーパーコンピューターを構築し,次世代は人間の介入なしにさらに優れたスーパーコンピューターを構築することを指します。これが起こると,人類を置き去りにし,すべてを知り,すべてを行う梵天のような神になります。率直に言って,ディストピアです」

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 一方でPluralityは全く異なるアプローチを取ると続けた。
 「垂直にテイクオフするのではなく,AI能力を水平に広げようとしています。ローカルコンピュートと信頼のインフラにより,異なる文化の人々が,特定のコミュニティ,言語,文化のみを重視するAIエージェントを訓練できるようにすることを目指しています。梵天のような神ではなく,より地域の守護霊のようなものです」

 そんなAIエージェントには信頼性の担保が不可欠だとTang氏は強調した。「AIが提供するスケールはパズルの一部にすぎず,相互運用可能なプロトコルベースの介入,つまりWeb3が提供する信頼がパズルの一部です」

 具体的には,AIエージェントの「出自の透明性」が重要になる。「例えば,このAIエージェントがここにいる人々によって訓練されており,遠く離れた場所のランダムな人々ではないことを知ることができます」とTang氏は説明する。
 つまり,台湾のコミュニティ向けAIだと思って使っていたものが,実際は全く異なる地域や価値観を持つ人々によって作られていた,という事態を防ぐ仕組みだ。
 ブロックチェーン技術により,どのコミュニティの何人がAI訓練に参加したかを改ざん不可能な形で記録し,誰でも検証できるようにする。

 同時にプライバシー保護の重要性も指摘した。「この企業がここにいる約500人によって訓練されていることは分かりますが,全員の個人データや情報を明かすことなく,全員をドキシングすることなく実現する必要があります。人格証明と大規模な信頼のバランスを取ることが,私たちがPlurality構想で取り組んでいる主要な研究課題です」


空気を読むAIエージェントで,言語や文化の違いを超えたアイデア統合へ


 渡辺氏は技術史の観点からのAI観点を述べ,「人類の歴史を見ると,鉄,銃,火などの一つの技術が大きな変化をもたらしました。しかし今は多くの技術が混在してノイズを作っている困難な時代に生きています。技術を正しい方向に使えばより良い人類を作れますが,間違った方向に使えばディストピアになります。だからこそ,より大きな責任を感じています」と語った。

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 Tang氏は現代コミュニティが直面するスケールの制約について説明した。「150人を超えると,人間は完全に“空気を読む”ことができなくなります。これはダンバー数と呼ばれる脳のウェットウェア制約です。しかしAIエージェントなら,言語や文化の違いを超えてアイデアを統合できます」。同氏は自身の著書執筆過程を例に,「世界各地のコミュニティが地理的距離ではなく価値観の距離で結ばれる。それはまるでネットワーク国家のようです」と地球規模でのコミュニティ形成の可能性を示した。

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 こうした議論を踏まえ,現代民主主義が抱える根本的な課題が浮き彫りになった。大西氏が「51%が全ての票を持ち,49%は何の権利も持たない。しかし49%の人々にも表現する権利があります。それらの声を集約し,多数派とキュレーションして最良の解決策を導き出せば,それが真の民主主義です」と指摘し,少数派の声が完全に無視される現行システムの限界を示していた。

 こうした課題に対し,Tang氏は理論ではなく実践で答えを示した。台湾で実際に発生したディープフェイク問題への対応が,まさに新しい民主主義の形を体現していたのだ。
 台湾全土の20万人にSMSを送信して意見を募集し,層化ランダムサンプリングで選出された450人の代表者が10人ずつ45の部屋に分かれて議論を行った。各部屋でAIファシリテーターがリアルタイム転写と共通点の可視化を支援し,「デジタル署名必須化」「プラットフォームの損害賠償責任」「法令違反サービスの接続速度制限」などの具体的解決策が提示された。
 結果として,「今年,台湾でFacebookやYouTubeをスクロールしても偽広告は見られなくなりました」と完全な問題解決を報告した。

 政府の役割について問われたTang氏は,「コントロール・コマンドの次はスペースキーです」と独特の例えで答えた。
 政府は管理者ではなく,異なるアイデアがリアルタイムで対話できる空間を維持する役割だと説明し,小さな村で成功したイノベーションを翌年には国家インフラに昇格させる仕組みを構築し,市民イノベーションを公共インフラに変える方法を採用していると,Tang氏が台湾での経験をシェアした。

 新技術普及の停滞理由について,Tang氏はカリフォルニア州での経験を例に「危機」の働きを示し,慢性的問題では緊急性を感じないが,山火事のような危機が発生すると人々は改善に集中する。台湾でもパンデミック時に大気汚染マップがマスク入手マップに転用され全台湾で活用されたように,「ハイパーローカルで準備したインフラが危機時に迅速対応インフラに変わります」と説明した。
 現在はディープフェイクや悪意のあるAIエージェントなど世界規模の危機が存在するため,ローカルソリューションをグローバルレベルに展開する機会があると展望を示した。


民主的防御戦略を構築


 悪意のある人による新技術の悪用について問われると,Tang氏は暗号技術の歴史的変遷を例に防御戦略を説明した。
 「暗号技術は以前,攻撃優位で米国政府によって輸出管理されていましたが,今は防御優位の世界になっています。NSAの最新の耐量子計算機暗号さえオープンソース,パブリックドメインです」。
 防御コミュニティがレッドチーム,脅威インテリジェンス,責任ある開示などの新たな規範を確立し,「攻撃者が誰かを攻撃するたびに,全員がその攻撃から学んでより強くなるアンチフラジャイル性」を実現したと説明した。

※耐量子計算機暗号(Post-Quantum Cryptography),量子コンピュータでも破られない暗号アルゴリズムとして名付けられている

 情報戦争にも同じアプローチが必要として,Tang氏は「ROOST(Robust Open Online Safety Tools)」への取り組みを紹介した。「BlueSky,Roblox,Discordなどのプラットフォームが個別に戦うのではなく,相互運用可能なインフラでリソースを結集する。児童性的虐待素材のような攻撃が小さなネットワークに広がると,世界全体の連合学習ネットワークを訓練する分散化された民主的防御です」

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ROOST(Robust Open Online Safety Tools)公式サイト


 それに続けて,渡辺氏はWeb3における「選択の自由」を強調した。「ブロックチェーンに取り組んでいますが,これはインターネットの歴史とほぼ関連しています。インターネットが情報を民主化したように,ブロックチェーンは金融全体を民主化するのです。現在のブロックチェーンでは,中央集権的なサービスを使うこともできますが,自分の秘密鍵で暗号通貨を自己管理するという選択肢も持てます。しかし現実世界では困難です。人々は銀行を使わなければならないからです」

 その制約を具体例として「今日も銀行に行きましたが,息子がいないため自分の口座に送金できませんでした。技術的に言えば,これは私のお金ではないということです」。
 この体験から,渡辺氏は暗号通貨とセルフカストディ(自己管理)の重要性を訴えた。「デジタル空間での自由の重要な光になります。24時間365日,誰の許可も得ずに自分の資産を移動できるのです」

 つまり,従来の金融システムでは銀行が実質的に個人の資産をコントロールしているが,ブロックチェーン技術により個人が真の意味で「自分のお金」を管理できるようになる。これがWeb3が提供する金融における個人の主権回復だと説明した。

 大西氏は日本でのステーブルコイン導入への期待を示した。「3年で3兆円規模になると言われています。これは考え方の問題で,安全性を最優先に考えがちですが,新技術を活用することで生活がどれほど簡単で速くなるかを評価する必要があります」と技術受容の重要性を強調した。

 セッション最後に,Tang氏は「Pluralityの世界観の鍵は,差異を友として見て,無関心を敵として見ることです。十分な睡眠を取れば,対立の中間にいる精神的安定性を持てます。私は政府のために働くのではなく,政府と協力し,人々と協力しています。ラグランジュポイント,2つの天体から同じ重力を受ける中間点にいるのです」とコメントし,セッションを締めくくった。

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