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社会的,文化的,象徴的な資本形式,デジタルアセットからカルチャーまで。「エンタメ業界大変革:Animoca Brandsのトークン化戦略」セッションレポート[WebX]
Animoca Brands共同創設者兼会長のYat Siu氏と,CoinPostの佐藤麗亜氏によるセッションでは,エンターテインメントのトークン化が単なるビジネスモデルの変革を超えて,文化そのものをどう変えるかについて語られた。
トークン化が生み出すネットワーク効果,単純な資産化を超える価値の創造
セッション冒頭,佐藤氏が「エンターテインメントをトークン化することは,ビジネスモデルだけでなく文化や創造性に対する価値観を変えることだが,文化や社会に対してどのような意味を持つのか」と問いかけると,Siu氏は独自の視点を示した。
「トークン化について説明する際,多くの人がデジタルアセット化と考えますが,実際にはネットワーク効果を生み出し,そのネットワークを拡張するものです。実際,トークンはネットワークそのものの表現なのです」とSiu氏は語った。
1990年代のインターネット初期において,ネットワークの表現はWebサイトだった。現在では数十億のWebサイトが存在し,Instagram,TikTokのプロフィールも現代版Webサイトの形態だと説明する。
「皆さんも少なくとも5〜6つ,公式サイトやら個人プロフィールやらとおそらく10のWebサイトを持っているでしょう。これらへの注目は現在InstagramやFacebookへと移っています」
Siu氏によると,オンライン広告市場は年間約1兆ドルの規模を持つが,「Instagramで収益を得ていなくても,Facebookは皆さんの時間から数十億ドルを稼いでいる」という現実がある。トークン化により,ミームコイン,SANDトークン,Ethereumのいずれであっても,ユーザーはそのネットワークのメンバーとなることができる。
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「ステーブルコインをトークン化する場合を考えてみてください。価値だけでなく,ステーブルコインのネットワーク効果を拡大させるのです。アフリカ,南米,東南アジアで通常は米ドルにアクセスできない人々が,今日どれだけ米ドルを使用していることか。トークン化により,ネットワークを拡張し,成長させることができます」とまずトークン市場のポテンシャルを強調した。
日本文化の世界展開,トークン化にしたIP輸出
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「日本の輸出を考える際,アニメIP文化をトークン化するのは,単に収益化のためだけではありません。ネットワークを拡張するためです。アメリカやアフリカの誰もがそのアセットを所有できるようになるためです」
従来のビジネス展開における制約について,Siu氏は「現在,ビジネス拡張は商品を購入できる場所に限定されています。日本企業がアフリカで事業を展開したくても,顧客が銀行口座を持たない場合はどうすればよいのでしょうか。インターネット接続はあっても取引ができません。しかしトークンなら,必要なのはウォレットだけで,即座に取引が可能になります」
このように,トークン化により配信が大幅に拡大される。「初期のインターネットが情報へのアクセスを民主化したように,今度はトークン化によってインターネットマネーとインターネット価値が生まれ,その価値をどこにでも配信できるようになります」
購買行動の本質について,Siu氏は興味深い洞察を示した。「最終的に,私たちが購入するもののほとんどは文化です。金融商品もありますが,エンターテインメントや楽しみに費やすお金,着る服,住む家,旅行,映画,購入の99%は文化に関連しています。日本はその良い例です」
世界知的財産機関(WIPO)の推定によると,世界のIP価値は約68兆ドルで,これは金の価値の8〜10倍に相当するという。「バーチャルIP,知的財産,文化は既に世界で最も価値のあるものなのです」
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経済的な理由での参入とは別に,デジタル所有権を入り口としたThe Sandboxの事例
日本での成功について問われると,Siu氏は「The Sandbox」の独特な価値提案を説明した。
「The Sandboxが非常にうまく機能したのは,デジタル資産の価値を理解するためのインタフェースを作成したことです。多くの人がビットコインを通じて金融的な理由でクリプト世界に参入しますが,特に2021年と2022年には,多くの新規参入者がThe Sandboxのようなプラットフォームを通じてデジタル所有権を理解する方法として参入しました」
バーチャルランドという概念の分かりやすさについて,Siu氏は「スキューモーフィック」※という概念を用いて説明した。「バーチャルランドが価値を持つ理由を説明するのは簡単です。物理的な土地に価値があるからです。一方で,業界外の人にビットコインの価値を説明するのは,たとえ業界内の人には論理的に思えても,はるかに困難です」
※スキューモーフィック(Skeuomorphic),デジタル環境やバーチャル空間において,現実世界の物理的なオブジェクトや概念の外観や機能及び特性を模倣し,再現するデザイン手法
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ユーザー数は一般的なゲーム業界と比較すると少ないものの,顧客あたりの正味価値は非常に高いと指摘する。「The Sandboxの約30万〜40万ユーザーの平均ウォレット資産は25万〜50万米ドルです。Web3では,アドレス可能な顧客ベースの集中が見られ,その価値は非常に高いのです」
従来のF2Pゲームでは通常3%以下の少数のプレイヤーのみが課金するモデルだが,「Web3では事実上すべての人が支払い顧客になる」という違いを強調した。
プレイヤー獲得の広告費用を,プレイヤーにお返し,プレイのエコシステムに循環させるPlay-to-Earnモデル
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「バートルの分類法では,ゲーマーを4つのカテゴリに分けています。約1%はキラー(競争者),達成者,探検者がそれぞれ約10%,社交者は約80%です。Play-to-Earnは“稼ぐ者”という新しいカテゴリを作りました」
※またはバートルテスト(Bartle taxonomy of player types)。ゲーム研究者のリチャード・バートル(Richard Bartle)が提唱するゲーマーの分類法。達成(Achieve)/探検(Explore)/社交(Socialize)/競争(Kill) の4分類になっている(HEARTS, CLUBS, DIAMONDS, SPADES: PLAYERS WHO SUIT MUDS,Richard Bartle)
「Axie Infinity」の成功を例に挙げ,「確かに最初は金銭的な理由で参入しましたが,そこにできた絆やコミュニティのために留まるコアユーザーベースも生まれました。これが新しいカテゴリを引き寄せる効果です」
エアドロップとPlay-to-Earnの関係について,Siu氏は広告費用の観点から分析した。「ゲームでは広告に1億ドル近くを費やすことがあり,有料ユーザー獲得単価は80ドルを超えます。この資金は現在Google,Apple,Facebookに流れていますが,彼らがゲームエコシステムに還元する資金はほぼゼロです。ゲーマー自身が受け取る金額もゼロです」
トークン化により,この資金が「システムに貢献し返す可能性の高い実際のゲーマーに流れる」ことで,広告業界を完全に破壊する可能性があると予測した。
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NFTは社会的,文化的,象徴的資本のデジタル形式。その価値が信じられていれば,NFTは終着段階に迎えない
「NFTは単なるハイプサイクルだったのか,それとも既に文化をリシェイプしたのか。文化的変化は既に起こったのか,まだ初期段階なのか,それとも終着段階なのか」という佐藤氏の問いに対し,Siu氏は「私たちは確実に終着段階ではありません」と明確に否定した。
Siu氏はNFTを「社会的,文化的,象徴的資本のデジタル形式」と定義した。「Arthur Hayes(編注:仮想通貨投資家)がEthereumを買うと言ったとき,彼は実際にはCryptoPunksを購入してプロフィール画像に設定しました。彼にとってCryptoPunksはEthereumを象徴する存在だったからです。CryptoPunksを持つことは,単純にETHを買うよりも「レバレッジの効いたETH投資」のような効果がありました。つまり,ETHの価格が上がると、CryptoPunksの価値はそれ以上に上昇する傾向があったということです」
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世代論的な観点から,Siu氏は時代ごとのステータスシンボルの変遷を分析した。「古い世代は何を好んだでしょうか? ロレックスの時計やロールス・ロイスなどです。これらは80年代,90年代の金融・銀行・富裕階級のステータスアイコンでした。その後シリコンバレーが登場すると,パタゴニアのアウトドアギアやテスラの電気自動車が,彼らの新しいステータスアイテムになりました」
「新しい富裕層が現れるたびに,彼らにとって意味のある新しい文化的アイコンが生まれます。グッチやLVMHのような企業は,常に新しい世代に向けた商品を見つける方法を探しています。NFTはデジタルネイティブ文化のステータスアイテムなのです」
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重要な指摘として,Siu氏は「この世界の外にいる人には見えない」現象を説明した。「中国現代美術を例にとれば,中国にいない人,アメリカにいてその世界を知らない人には,中国現代美術がいかに大規模か分からないでしょう。クリプトも同じです。クリプトやEthereumの世界にいなければ,NFTが何なのかわからない。しかし一度その世界に入れば理解できます」
最終的に,Siu氏はNFTの将来性を明確に示した。「デジタル世界が拡大し,クリプトやデジタル資産が100兆ドルクラスになると信じるなら,NFTはその時代のステータスシンボルとして必ず上昇します。ストラディバリウス,ピカソ,北斎の作品のように,文化への評価とともに価値が増大するのです」
従来のエンターテインメント業界とWeb3の融合について問われると,Siu氏は断言した。「選択の余地はありません。融合しなければならないのです」
1兆ドルの広告市場を例に挙げ,「この1兆ドルは少数の企業に集中しており,皆さんが受け取るのはわずかな取り分です。この価値が創作者に直接流れるようになれば,まったく異なる経済が生まれます」
音楽業界を具体例として示した。「Spotifyで生計を立てている音楽家は何人いるでしょうか? ゼロです。彼らはSpotifyを観客を獲得するための広告プラットフォームとして使用しています。しかし,生成する音楽に対して適正な賃金を支払う音楽プラットフォームが現れたら,ユーザーが多くてもミュージシャンはSpotifyに留まるでしょうか?」
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コアオーディエンスの重要性を強調し,「Bored ApeやSandboxランドオーナー,Pudgy Penguins保有者は数百万人ではありませんが,100ドルではなく1万ドルや5000ドルを使う1000〜3000人のコアオーディエンスでビジネスを構築できます。それがトークン化による1000人の真のファンの所有です」
これからのオンボーディングは投機的ではない方法で
今後の展望について,Siu氏は根本的な課題を指摘した。「世界には5億人のクリプト保有者がいますが,オンチェーンで使用しているのは約10%のみです。つまり90%の使用は投機的なままで,多くの活用可能性があるにも関わらず,中央集権型取引所での取引に偏っています」
この解決策として,Siu氏は教育分野での取り組みを紹介した。フィリピンやインドネシアでの学生ローンのトークン化プロジェクトを通じて,「DeFiを活用してより良い利回りを提供し,個別化されたローンバスケットの作成が可能になります。3.3兆ドル規模の学生ローン市場において,数億人の学生がウォレットを取得し,金融リテラシーを向上させながらエコシステムに参加できるようになります」
最終的な目標として,Siu氏は「Web3とゲーミング,AI投資を超えて,10億人を純粋に投機的でない方法でWeb3にオンボーディングすることです。金融リテラシーの向上を通じて,より良い環境を創造することが究極の目標です」と語った。
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